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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)4129号 判決 1956年11月08日

原告 桜井春光 外一名

被告 日本交通株式会社

主文

被告は原告桜井春光に対し金七拾五万千五百弐拾壱円、原告桜井繁子に対し金六拾五万千四百七拾六円並に右各金額に対する昭和二十八年九月十八日から完済迄年五分の割合による金員を支払うべし。

原告等その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを二分しその一を原告等の負担としその余を被告の負担とする。

事  実<省略>

理由

被告が自動車による一般旅客の運送を業として訴外馬庭隆夫を自動車運転手、猿渡定を助手として使用すること、原告等及びその長女福島美津子は昭和二十八年五月三十一日午後三時四十分頃右馬庭運転手の操縦する被告所有の自動車大三、二二〇二三号に乗車し大阪市浪速区幸町五丁目二番地の当時の原告等の住所附近から南区難波高島屋百貨店に赴く途中該自動車が大阪市浪速区東円手町湊町橋上より道頓堀川に転落し、そのため原告春光及び同繁子は負傷し右美津子は即死する事故を惹起したことは当事者間に争いない。

原告等は右事故は運転手馬庭隆夫の運転上の過失による旨主張し被告は不可避的事故であると抗争するので右事故に際し運転手馬庭隆夫に過失があつたかどうかについて審究する。

先ず証人馬庭隆夫の証言、原告桜井春光の本人尋問の結果に当裁判所の検証の結果によると、右事故発生の場所は大阪市浪速区東円手町湊町橋の北側の中央部分にして同橋は東西に架橋せる長さ六十九米二十糎、南北の幅十四米五十糎にして右橋上略中央部に市電の軌道が敷設され軌道外は歩車道の別なく幅四米の完全舖装道路であるが右軌道並に軌道外の道路は湊町橋詰から東に向つて少しく上り勾配になつており橋の南北両側に木造欄干が設置されていることが認められ、右事実に成立に争いない甲第三号証同第十号証に原告桜井春光の本人尋問の結果(第一回)に証人馬庭隆夫の証言の一部(左記認定に反する部分を除く)を綜合すると右馬庭隆夫は原告両名及びその長女福島美津子が乗車している普通常用車を運転し大阪市浪速区東円手町湊町橋西端の方より同橋左端大阪市電軌道に添い時速約二十粁で東進した際北側舖道を雨傘を指して西進する人を認めこれを避けんとして軌道に入つたところ軌道の敷板は凹凸があつて車体は安定せず振動激しかつたに拘らず時速を減ずることなく疾走し偶々前方道路に停車信号が出たので停車のため舖道に出んとして急角度で左折したので雨のため車体がスリツプし殆んど直角に橋の欄干に衝突し該欄干を破壊し、該自動車は空中で半回転して道頓堀川の水中に顛落したものであることが認められ被告の立証によつては右認定を左右し得ない。

右認定の如き状況の下に於て馬庭隆夫が市電軌道より車道に左折するに当つては当時降雨のためスリツプする危険が強度であつたものと認められるから同人は須く速度を減じ緩やかな角度で左折するよう操車すべき注意義務があり且スリツプした際急停車等応急適切な措置を採り事故発生を防止するための万全の措置を構じるよう細心の注意を以て運行すべき義務あるものというべきで、事茲に出でなかつた馬庭運転手は右事故につき過失の責を免れない。被告は前記湊町橋の北側に設置せる木柵が腐朽していなければ自動車は当然木柵によつて停止すべかりしに拘らず不幸にして木柵が腐朽していたため本件事故を発生したもので自動車の運転手の過失と言わんより不可避の事故であると抗争するけれども自動車と橋の欄干とが直角に衝突することは通常生ずべき事実でなく縦令欄干の腐朽ありとするもこれを以て右馬庭隆夫の過失を左右し得ないこと勿論である。

よつて被告は右馬庭隆夫の使用者として該事故により原告等が蒙つた一切の損害を賠償する義務があるものと言わなければならない。

よつて損害の数額につき審究する。

証人山本康郎の証言及びこれによりその成立を認めうる甲第五号証の一ないし五に原告桜井春光の本人尋問の結果(第一、二回)を綜合すると原告春光及び繁子は右事故による負傷のため大阪市西区南堀江上通一丁目二十六番地外科大野病院に入院し昭和二十八年五月三十一日より同年六月二十六日迄の間附添看護婦を雇入れその給料食費及び氷代合計金一万四千五百円を原告春光に於て支払つたことが認められ、前記証人の証言及びこれによりその成立を認めうる甲第六号証に前記原告桜井春光の本人尋問の結果(第二回)を綜合すると原告等が右事故のため入院不在中昭和二十八年六月一日より同年七月十日迄家政婦を雇入れ留守宅を管理せしめたためその日当入浴料、往復旅費合計金一万四千六百九十円を原告春光に於て支払つたことが認められ、成立に争いない甲第七号証の三ないし六、前記証人の証言及びこれによりその成立を認めうる甲第七号証の一、二、七ないし十八に、前記原告桜井春光の本人尋問の結果(第二回)を綜合すると右事故により原告等の長女美津子が死亡(溺死)しその葬儀のため、原告春光に於て自動車賃諸雑費金二万四千六百十三円、僧侶に対する謝礼金一万五百円、葬儀費用金三万円、供花費金千円、印刷費金千円、供果物等の費用金三千七百四十二円、合計金七万八百五十五円(原告等主張の魚代及酒代金を除く)を支払つたことが認められる。外に以上認定を覆えすに足る資料がない。

しかして原告春光が支払つた以上認定の諸費用はいずれも前記事故により同原告の蒙つた損害と言うことができる。

次に成立に争いない甲第二号証に原告桜井春光及び同繁子の各本人尋問の結果によると右福島美津子は右事故当時四年三ヶ月(昭和二十四年三月二日生)の普通健康体を有する女子であつたことが認められるので成立に争いない甲第十一号証により右美津子は通常ならばなお五十四年九ヶ月の余命を下らないことは統計上認められる。尤も右甲第二号証によると原告等の長男は生後間もなく死亡し、二女は生後一年一ヶ月余で死亡していることが認められるが右認定の妨げとはならない。しかして原告桜井春光の本人尋問の結果(第二回)及びこれによりその成立を認めうる甲第八、九号証を綜合すると原告春光は右事故当時訴外桜井特殊鋼株式会社の取締役営業部長として年収約金五十万円余を得、不動産、株式、現金、預金、諸道具等約五百数十万円を有し相当の生活を為していたこと、その長女美津子は聰明で原告等より将来を嘱望されていたことが認められるので美津子は本件事故がなかつたならば少くとも高等学校卒業相当の教育を受け成年に達する頃には相当の職に就いているものと推認するのが相当である。しかして成立に争いない甲第十三号証によると昭和二十八年五月分の大阪府統計課編纂にかかる「毎月勤労統計地方調査結果速報」の第一表産業別、性別、給与別、常用労働者一人平均月間現金給与額中J運輸通信業及びその他の公益事業に従事する女子労働者の現金給与総額が金一万二千百五十五円であることが認められるから特別の事情の認められない本件にあつては右美津子も年令二十一歳に達すれば通常少くとも同額を下らない収入を得ているものと推認するのが相当であり、成立に争いない甲第十二号証によると総理府統計局編「家計調査報告」昭和二十八年五月分の第3表都市別勤労者世帯一ヶ月間の収入支出中大阪市に於ける家族数四、六八人の支出総額中消費支出が一ヶ月金二万二百五円にして一人平均消費支出金四千三百十七円三十銭年間五万千八百八円(円未満四捨五入)であることが認められるので特別の事情の認められない本件に於ては美津子の生存予定年間に於ける一ヶ年間の生活費も金五万千八百八円と認めるのを相当と思料する。

よつて美津子の余命五十四年九ヶ月中二十一歳に達する迄の十六年九ヶ月を控除した三十八年間の前記得べかりし収入金は各年間収入金十四万五千八百六十円より各当該年間の前記生活費金五万千八百八円を控除し更にホフマン式計算法により中間利息年五分を差引き事故当時に於ける一時払額に換算すると金百三十一万六千二百九十七円となるから右金額が美津子が右事故死により得べかりし利益の喪失によると損害と言うことができる。美津子が女性として将来結婚の機会を持ち得べかりしことは叙上認定の妨とならない。被告は美津子が成年に達する迄の生活費を右損害額から控除すべき旨主張するが未成年者の養育監護の費用はその親権者に於て負担し、未成年者自ら負担しないのを通常とするから特別の事情の認められない本件に於ても美津子の成年に達する迄の生活費はその親権者である原告等に於て負担すべきものにして美津子の負担すべきものでないと認めるのを相当とするから被告の右主張は採用できない。

しかして前記甲第二号証に原告桜井春光同繁子の各本人尋問の結果を綜合すると美津子死亡によりその父母である原告両名がその遺産を相続したことが認められるから原告両名は各美津子の被告に対する右金百三十一万六千二百九十七円の損害賠償債権の二分の一である金六十五万八千百四十八円五十銭の債務を相続したものと言うことができる。

次に原告春光及び同繁子が前記事故のため各その主張の如き傷害を蒙つたことは当事者間に争なく、右事実に前記甲第二号証前記原告両名の各本人尋問の結果を綜合すると、事故当時原告春光は三十四歳、その妻である原告繁子は二十五歳にしてその長男は生後間もなく死亡し二女も死亡しその当時生存せず長女美津子のみを健全聰明であつたので原告等は右美津子の将来に期待していたものであること、原告春光の右事故による負傷のうち創傷の部分はその後一年数ヶ月を経過した後に於ても触れると痛みを感じ冬期には鈍痛あり、打撲傷のあとは今後五年位痛むおそれがあること、原告繁子は右事故により女性として鼻下に傷痕を残し手首骨折の箇所はその後二年有余を経過するも尚荷物を持つと痛みを感ずることが認められる。

そうだとすると原告両名は各右負傷により現在ないし将来感受すべき精神的肉体的苦痛並に長女美津子の死亡により現在ないし将来感受すべき精神的苦痛はいずれも甚大なものがあることが認められるので右の事情に原告等の年令、地位、事故の情況等前認定の諸般の事情と本件以後幸に三女裕子の出生した事情をも考慮し原告両名がその傷害により蒙つた精神上肉体上の苦痛に対する慰藉料は各金十万円、長女美津子死亡により蒙つた精神上の苦痛に対する慰藉料は各金二十万円をそれぞれ相当と認める。

よつて被告は原告春光に対し前記附添看護婦のために要した金一万四千五百円、家政婦のため要した金一万四千六百九十円、葬儀に要した金七万八百五十五円、美津子の得べかりし利益金中原告主張の金三十五万千四百七十六円、傷害による慰藉料金十万円美津子死亡による慰藉料金二十万円合計金七十五万千五百二十一円、原告繁子に対し美津子の得べかりし利益金中原告主張の金三十五万千四百七十六円、傷害による慰藉料金十万円、美津子死亡による慰藉料金二十万円合計金六十五万千四百七十六円並に右各金員に対する右事故後である本訴状送達の翌日であること本件記録に明白な昭和二十八年九月十八日から完済迄民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務あること明白である。

よつて原告等の本訴請求中前記認定の限度に於てこれを正当して認容するもその余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用については民事訴訟法第九十二条第九十三条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 藤城虎雄 高沢新七 野田栄一)

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